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花と邂逅

小・中学校を不登校と保健室登校で過ごした自分を振り返ってみます。

     ▷  小・中学校を不登校と保健室登校で過ごした自分を振り返ってみます。社会不安障害、元・起立性調節障害です。

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私が不登校になった理由

 

 

 

こんにちは!ささめです。今回は、私が不登校になった理由」について。

 

私が学校に行かなくなったのは、小学6年生の10,11月頃からです。

その後、卒業まで教室や保健室に行くことはなく中学へと入学しました。新しい環境だからと中学はなんとか頑張っていたのですが、ここでも1年生の7月頃から不登校に。そして卒業まで、不登校保健室登校を繰り返していました。

 

今回は、小学校の時に不登校(登校拒否)をはじめた理由について書いていきます。

中学校のことはまた別のときに。

 

 

人間関係、家庭環境、いじめ、無気力、病気、めんどくさいから。みんないろんなことがあるとは思いますが、私の場合はいじめでした。

 

といっても、いじめられたから行かない!というわけではなく、人間関係や家庭でのこと、朝起きられなくなったこと。いろんなことが重なって、ごちゃまぜになって疲れて、学校へ行けなくなったんだと思います。

思う、というのは、自分でも不登校になった理由がはっきりとわからないから。

行きたくないなあ、と考えたはじめたのはいじめが原因ですが、それはきっかけに過ぎないのです。

 

だから、「なぜ不登校になったの?」と訊かれると、私はいまだに理由がわからないままです。

 

 

 

 

 学級内

 

田舎なので、私の通っている学校は各学年1クラスしかなかったんですね。なので6年間同じメンバーなわけです。新学期に心機一転なんてことはできませんでした。

 

学級内でのいじめがはじまったのは、3年生の頃から。結局6年生までそれは続いていました。

陰口を言ったり無視をしたり、靴や持ち物を隠したり。暴力はなかったんですが、どれも陰湿で精神的にくるものばかりでした。

1週間~1ヶ月くらいすると、グループ内でいじめる人を次々と変えていく。

次は誰だろう、自分だけはいやだ、と、こんな状況では信じる友達もできませんでした。なんてばからしいんだろうと今になっては思いますが、自分がその中にいるときは怖くてなにもできなかったです。

 

そして、もう嫌だ、耐えられないと思う頃に、自分を無視していた子たちがいままで何事もなかったかのように話しかけてくるんです。

皆それを受け入れてしまう。「次こそは本当に仲良くしてくれるかもしれない」、自分と話してくれるだけでいいよ、って。こうして許されたことによっていじめは続いていくんですね。

 

 

 

 私の性格

 

幼少期から内向的な性格。あまり発表することもせず、出し物なんかも表より裏の作業の方が好きなような。勉強は得意でした。

器用で、何事もそつなくこなし、なにかに失敗するという経験があまりありませんでした。褒められることに価値があると思っていたため、小さい頃からプライドが高かったように思います。負けず嫌いですね。

「暗い・静か」という感じではなかったです。それなりに明るかったし、普通に喋るし、「真面目」な感じ。自分で言うのもなんですが、優等生です。

 

でも「ん?なんかおかしいな」って思いはじめたのは4年生のとき

だんだん自分がいじめのターゲットになる回数が増えてきました。それから、私は時々仮病を使って学校を休もうとし始めます。何カ月に1回、1ヶ月に1回、2週間に1回、だんだん休む日が増えてくるのを心配して、「学校で何かあったの?」と母が訊いてきたこともありました。でも、

 

いじめられていることが恥ずかしい

 

んです。小さいながらプライドを持っていた私は母や先生言うことができませんでした。

だって、言ったらもっといじめられるでしょ?あとちょっと我慢したら終わるかもしれないなら、それを待ったほうが穏便に済むでしょ?

そう思っていました。 

 

 

 

 声が出しにくい

 

4年生の間は、ときどき休みながらもなんとか教室に行くことができました。

でも、5年生あたりかな。声が出しにくくなってきたんです。

友達と話すときには感じないのに、出席をとるときや発表するときにだけ、声が掠れてしまったり出しにくくなることが増えました。人前に出るのが怖くなっていたことに、当時の私は気付いていなかった。

出欠のときに声が出なくなるのを恐れ、自分がまわってくるまでに小さく咳をしてのどの調子を整えたりしていました。 

 

そのときの私は、

「人前で声が出なくなって困ること」を恐れていました。

でもそれは違ってて、本当は

「緊張で声が出しにくかった」んです。

 

このころから、朝の食欲もなくなってきます。

 

 

 

 朝、起きることができない

 

6年生になって、朝起きれないことが多くなりました。

目は覚めるのに、どうしても起き上がれない。起こされても、まったく目が覚めない。いろんな日がありました。

夜更かしをしているわけでもないのに、起きれないんです。

 

これは中学校1年~2年くらいまで続いていて、中学校1年のときに病院へ行って「起立性調節障害」ということがわかりました。

病院へ行くのが少し遅かったですね。小学生の自分では知識を仕入れる場所がなくて、そういう病気があることさえ知りませんでした。

毎日、「起きなさい!」「なんで起きれないの?」と母に大声で起こされることも負担になっていました。

 

その後、6年生の2学期に、ふと。「学校に行きたくない」と登校拒否を始めます

いじめがエスカレートしたとか、勉強につまづいたとか、なにもないんです。でも、たぶん限界でした。

 

仮病に加え、朝起きて制服まで着たところでお腹が痛くなったり気持ち悪くなったりして、トイレに閉じこもって出ないことが増えました。登校時間を過ぎたところで、母が「学校に連絡したから」と言うと、腹痛と吐き気は治まるんです。

自分の体はどうなっているんだ、と本当に悩みました。

 

 

それから、このままじゃダメだと母に連れられ病院へ行きました。結果は「貧血」。

私は絶望です。学校を長期で休めるような病名がほしかったので。

だけど、母はたぶん学校でいじめがあることに気付いてて。「学校に行きたくないなら休む?」と、休む道を与えてくれました。

 

私は、不登校を始めることになりました。

 

 

 

 

 

 最後に

 

私の場合はこんな経緯です。

今の自分より、昔の自分の方が遥かに強い気がします。

ちなみに、学級内の女子では私だけが不登校になりました。仮病とかサボりとかたくさん言われたけど、無理はものは無理だったのでしょうがない!と今になって言えます。(笑)

 

 

ここから↓は、今悩んでいる方の参考になれば。

 

○学校に行きたいのに朝起きれない腹痛・吐き気がする

自分が悪いわけではありません!病院に行けば安心することもあります。薬ももらえるので朝は格段に起きやすくなりますよ(^^)

 

○腹痛・吐き気・朝起きれない+学校に行きたくない

病院に行って、言えるなら「学校に行こうとすると体調が悪くなります」と伝えてみてください。もし言えなくても、不調ということで保健室で休めるようにはなったりします。起立性調節障害などの診断には小児科がおすすめです。体に不調が出るくらい我慢しているあなたはとても頑張っています。学校に行くのはもう無理だと思ったら、これ以上我慢することはないです、、!

 

○元気(体調にはなにも出ない)+学校に行きたくない

両親に直接言えるなら、「学校に行きたくない」と伝えてみる。言えないなら、私のようにトイレに閉じこもったり強行手段もありかもしれません(おすすめはしません!)。当時、起立性調節障害と知らなかった私はこのパターンですね((;´ω`)

行きたくない理由を両親に無理に言う必要はないと思います。

親せきには「疲れたから」と言っていました。不登校は悪いことではなく自己防衛ですので、、!

 

 

それぞれがどんな形であれ、少しでも過ごしやすくなることを願っています、、、!

 

 

 

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