花と邂逅

小・中学校を不登校と保健室登校で過ごした自分を振り返ってみます。

     ▷  小・中学校を不登校と保健室登校で過ごした自分を振り返ってみます。社会不安障害、元・起立性調節障害です。

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社会不安障害という免罪符をかざした

 

 

こんばんは。今日、自分の人生で忘れたくない、忘れちゃいけないなと感じることがあったので、こちらに書きます。

 

 

 

 

 

大学のほうで、大勢の前に出て挨拶・スピーチをするという内容の授業があるのですが、その予定を聞いた日が今までにないくらいしんどいと死にたいと感じてもいた時期だったので、考える間もなく休もうと思っていました。でも今週になってちょっと元気になって、いけるかも、でも緊張するっていうのをずっと繰り返していて。でも結局は休もうと思って、その事を伝えに授業後先生に言いにいきました。

休めば終わりと思っていたけど、休んでもあとでやらなければいけないらしく。どうしてもやらなければいけませんかと何度か渋るうちに、なにかあるなら配慮はするよと言ってくださいまして。自分が社会不安障害だということをはじめて大学でカウンセラーの先生以外にお話しました。普通に伝えるだけなんだけど、なんだか無性に泣けてきて、でも泣いちゃいけないなとどうにか言葉にして自分のことを言うと、「授業のことは気にしなくていいよ、やらなくてもいいよ」と言ってくださって。休めることになりました。だけど覚えておきたいのはその結果ではなくて過程。

自分はその後に、そういえば、先生に自分の状態を話して配慮していただいたのがはじめてだなと気づいたのです。

 

中学校では保健室登校で人とできるだけ会いたくないとたくさん配慮もしていただいたのですが、なんだかんだ嫌なことは自分で逃げるが緊張しながらこなすかしてました。高校ではみんな不安は感じてるよと言われて。大学ではカウンセリングを受けながらも普通に授業を受けて、心ではズレを感じながらも見た目では他のみんなとなにも違えることなく学校生活をおくっていました。社会不安障害を自分の隣に、中にずっと感じながらも、それを理由として人に話すことはいままで一度もなかったんです。カウンセラーの先生にも緊張しますと言いながらもなんだかんだぼちぼち頑張ってきますと薬を飲んで授業にも出て、休むときは疲れたなと逃げるように勝手に休んで。

だから、自分がこういう状態なんですと言ってそれを先生が知って、そのうえで配慮をしてくださる、ということがはじめてでして。とても、とても嬉しいです。うまくいえないけど、感謝と申し訳なさで胸がいっぱいになって泣きたくなるんです。それと同時に、みんなと同じようにできない自分がなにより悔しく感じました。社会不安障害というものが学校の中でどこまで免罪符になるのかが自分はわかりません。社会不安障害なんですと言って授業に出ないのはどうなのかなとも考えるし、でも個人の自由だから別にいいのかなという考えもあります。

ただ、自分が社会不安障害という理由を使って授業を休むことがすごく悔しいです。事実なんだけど、あとちょっと勇気を出せばできたかもしれないことをまた避けてしまったことが引っかかる。だけど、自分の状態を話して学校に行きやすくなるとは考えていなかったので、思わぬ収穫ではありました。人にいうことでどうなるんだと思ってたけど、変わることもあるんだなと。

でも、先生にお話するときに、社会不安障害とか通信制高校とか、そういう単語を言おうとするときにすごく泣きそうになってしまって、そのときに、自分の頭の中では整理して消化できつつあっても、心の方ではまだ消化しきれていないのだなと感じました。なんかね、自分の中心部に触れるような話は、しっかりと聞いてくれる人に言うときほど感情が揺れます。泣きそうになります。相手が自分のことをきちんと聞こうとしてくれているのが嬉しいのもあるし、不安なのもあるし、自分がそれに引け目を感じているのもあるし。今回の先生は逃げようとする私の話をないがしろにせず聞いてくださって、私の状況を知ろうとしてくださって、それがこんなにも嬉しく、救われることだとは知りませんでした。先生ありがとうございます。

 

消化したと思っていても実は残っていて、人と話したときにそれに気づくことがまだまだあります。いままでの自分が救われたようで、また頑張ってきた自分を踏み潰してしまったような出来事でした。 相反することはよくある。

いつもに増して読みにくい文でしょうが今思っていることは今しか書けないと思うので手直しはしないでおこうと思います。

 

ではでは!今日もおつかれさまでした!

 

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